【対談】みらいリビングラボが目指すもの

ちょっと先の未来を「みんなの力」で実現する研究所を目指して

2022年に立ち上がった東京工業大学(現東京科学大学)のみらいリビングラボでは、10〜20年後の「ちょっと先の未来の社会」をよりよくするためのアイデアやチームを生み出すことを目指している。初年度の2022年度は、「未来の食」「未来の子育て」「未来の働き方」という3つのテーマでワークショップを開催した。そこで感じたみらいリビングラボの可能性と今後の展開について、発起人である東工大 環境・社会理工学院の助教 田岡 祐樹さんと同学 情報通信系 エンジニアリングデザインコース 准教授 中谷桃子さんが語り合った。

※この記事は、2023年6月30日に公開されました。

心地よい未来を「みんなの力」で実現するには

田岡 私はずっと「人の創造性を向上するにはどうすればいいか」ということを明らかにしたくて研究してきました。個人レベルの意識や創造性だけでなく、社会の創造性の向上についても考えてきました。ですから、東工大にあるたくさんの技術が社会の課題解決に効果的につながっていないのではないか、という課題意識もありました。社会の課題を本当に解決できる技術を世に送り出せたらどれほど素晴らしいだろうか。そんなことを考えていたときに中谷先生と出会いました。

中谷 私が東工大の准教授に着任したのは2021年の4月です。それ以前はNTTでユーザーと技術の接点について研究していました。製品やサービスを使う主役は人であるという観点から、あいまいかつ多様な個人の価値観のあり方と共に、理想的な未来を実現するために人がどのように行動するのか、ということについて研究をしてきました。

 価値観や考えが十人十色であるということは、ひとりひとりが心地いいと思える環境を実現するには、社会課題の解決に「みんなの力」で取り組む必要があります。では、多様な人の力をいかに結集し、実現するのか。そういったことを考えてきました。

 田岡さんに出会ったのは、ちょうど大学に移ってきて、大学だからこそできる、社会の役に立つ研究がしたいと思っていたところでした。企業には企業の論理があり、その中で工夫して研究を進めるわけですが、大学ではより自由な取り組みが可能なはずで、どう進めていこうかなと考えを巡らせていたタイミングでしたね。

田岡 中谷先生はこれまでにも子育て中の親を対象とした「ともに育むサービスラボ(略称:はぐラボ)」やNTTでの企業主導型のリビングラボの立ち上げを経験されています。中谷先生と協力して、東工大でリビングラボを立ち上げれば、東工大の学生や研究者がさまざまな業界の企業や民間の人と理想の未来を実現していけるんじゃないかと思って僕から中谷さんに声をかけました。みらいリビングラボで目指しているのは大学の一角に市民に開放されたカフェのような場所をつくり、学内外から勝手に人が集まってきてざっくばらんに話ができるようなスタイルです。この1年は、その一歩目としてワークショップというかたちでみらいリビングラボの参加者を集めました。

唯一の参加条件は「そのままの自分で参加すること」

中谷 東工大のみらいリビングラボには2つの特徴があります。1つめは、この場で考えるのは今日明日のことではなく、10〜20年後の未来であるということ。2つめは、ここはやはり大学ですから、学生からベテランの研究者まで、多世代かつ多様な人々が集まるということです。

 大学の人間にとって学生や研究者の存在はごく当たり前ですが、企業や民間の人々が学生や研究者と話ができる機会はなかなかありません。多様な専門性や価値観をもつ大学の人間が特定のトピックについてどのように感じているのか、ということには多くの人が興味を持っていますし、企業や行政が新たなサービスを立ち上げるにあたって、学生や研究者と意見交換したり、一緒にアイデアを創出したりすることには大きな価値があります。ですから、東工大の学生や研究者には、ぜひ肩の力を抜いて気軽にみらいリビングラボに参加してほしいと思っています。

田岡 そうですね。「いろんな人の話を聞くのは面白そうだな」というくらいの気軽な気持ちで、子どもから高齢者の方まで、学生にも企業の方にも、本当にたくさんの方に参加してみてほしいです。例えば、学生であれば、アルバイトや就活以外の場面で社会人と話す機会はそれほどないのではないでしょうか。みらいリビングラボでは普段はあまり接点のない人々の価値観にも触れられるはずです。

中谷 企業の人も、学生が考えていることを知りたがっています。それは別に専門的な話や「学生代表」としての意見を求めているわけではありません。とにかく、目の前にいる学生の「自分はこう思う」を知りたいと思っている。その意味では、みらいリビングラボのワークショップに参加する条件は「そのままの自分で参加すること」といえるかもしれません。

 実際、よいアイデアというものは、多様な人々が集まることによって生み出されるものです。例えば、2022年度に実施したワークショップの中では、「未来の子育て」のテーマは子育てを支援している戸塚区のNPOと連携して実施しました。その結果、参加者には東工大生以外に戸塚区近辺の保育士専門学校生や戸塚の小学生の親子が集まり、実に多世代・多様性を感じました。

未来の子育ては1つのベンチから始まる!?

田岡 「未来の子育て」のワークショップは、連携したNPOの活動拠点でもある平塚のお寺の境内にあるカフェで実施したんですよね。ワークショップ実施後も多世代の人が集まるきっかけになれば、という狙いがそこにはありました。

 ただ、議論を進める中で「現状ではこのカフェは子育て関連の人以外は集まりにくい雰囲気になっている」という話が出ました。そして「未来の子育てを実現するには、多世代を活動に巻き込んでいかなければならない」と。そこから「カフェの外にベンチを置くだけでも、子育て関係者以外も立ち寄りやすい場所になるんじゃないか」というアイデアが出てきました。

中谷 そうでしたね。ところが議論を進めてみると、道路交通法や治安の問題で、ベンチを置くのは実は難しいようだという壁も見えてきた。ただ、さらに議論をすることで、「カフェのあるお寺の住職さんに頼んだらなんとかなるかもしれない」「設置場所を工夫すれば可能性があるのではないか」と、かなり具体的な話に発展していきました。実は、私もアイデアの実現に向けた議論がそこまで具体的に進むとは予想してなかったので、本当に嬉しい驚きでした。

田岡 きっとその場に地元の人がいたからこそ、具体的な情報やアイデアが得られたんでしょうね。

中谷 あのアイデアは議論で終わらせず、実行に向けた活動につなげたいですね。みらいリビングラボに参加した人の行動や意識の変化が生まれるだけではなく、ここで出会った人たち同士でプロジェクトや活動が始まり、何かしらの具体的なかたちになるというのは、本当に理想なことだと思います。

田岡 そうですね。その一方で、リビングラボのコンセプトは、長期にわたって生活者と共に語り合い、研究していくことにあります。ですから、一度の議論やワークショップで成果を出そうと思う必要もありません。何度も参加し、議論を重ねることで、参加者自身に視点の変化がうまれたり、普段は意識しないことを改めて考える機会にもなります。そうするうちに、参加者自身が「自らのアクション」を見つけられるといいなと思っています。

「東工大だからこそ」のみらいリビングラボに挑戦する

中谷 この1年間のみらいリビングラボは、ワークショップというかたちで実施しました。開催場所は東工大や平塚のカフェなど、テーマに応じて異なる場所を設定してきたわけですが、将来的には常設のみらいリビングラボをつくりたいと考えています。「あそこに行けば未来に関するディスカッションができる」「東工大生の生の声を聞きに立ち寄ってみようかな」と思ってもらえるような場所にしたいですね。

田岡 みらいリビングラボで出会った人たちが、そこで生まれたアイデアを東工大の研究者たちと試したりして、実現に向けた動きが生まれるようになるといいですよね。東工大の強みをより発揮するという意味でも、これからのみらいリビングラボではよりテクノロジーを組み込んだテーマに取り組んでみたいと思っています。2022年度のワークショップでは「未来の食」「未来の子育て」「未来の働き方」といった身近なキーワードを選びましたが、もっと尖らせてもいいかもしれません。例えば、人工子宮のように、倫理面も含めて今はまだ課題があっても、将来的にはありうる未来をテーマに取り上げて、フラットに議論できるような場になると面白いなと思っています。

中谷 ワークショップの実施形式も、国際間比較や国際協働ができるような国際ワークショップにしてもいいなと思っています。メタバース上での共創にも挑戦してみたいですね。

田岡 それは楽しそうですね!東工大だからこそできる、という可能性をいろいろな方向に広げていきましょう。